天からの封書を開けよ

どうでもいい日常の中から捻り出して綴っていきます。

関西出張2012夏・1日目


0744ののぞみ12に乗って一路京都へ。

1032定刻通り京都駅に着くも、思ったより長かった新幹線の旅につかれて昼食を摂る気にならなかったので市バス100系統に乗って平安神宮へ。

1140頃、渋滞で思いっきり遅れて京都会館・美術館前バス停に到着。平安神宮の大鳥居を潜ってまずは勧業館「みやこめっせ」へ。みやこめっせをご存じない?あらま、京都大学の入学式や卒業式がある場所です。そして平安神宮を巡って後にする。

1210頃、平安神宮から歩いてほんの数分、京都大学吉田キャンパス病院構内が見えてくる。これを左手に北上し、吉田南構内へ入る。誰もが知る有名な学生寮吉田寮である。彼らのプライバシーに配慮しつつ、自由の学風の一端を感じる。吉田南構内は学生自治組織の貼り紙や立て看板が多い。いろいろな主張があってホントに面白い。追って紹介できればと思う。

1245頃、本部構内に一瞬入って京都大学オープンキャンパスの資料を確保する(そう、この日は京大のOC2日目。資料が売切れたら残念なので今のうちに確保)。上の写真はこのとき撮ったもの。

1300頃、西部構内へ。西部構内にはサークルBOXと生協と体育館がある。BOXを覗いてみたが広い造りで羨ましい。空調完備。こういう部分を見ることで、大学が何を考えているかが見えてくる。

1310頃、横断歩道を渡って本部構内へ。まずは総合博物館。立派な博物館だった。大学の余剰施設を使っているわけでも、使わなくなった史料を持て余した結果でもない。普段は入館料をとるだけの施設だけある。自分が九大の者であることを明かして、職員の方とちょっとおしゃべり。

1330過ぎから本部構内の散策を行う。構内をぐるっと廻り、京都大学本部棟および学務部を見学(京大はいつのまにか学生部から学務部に改称したようだ)。

1400、附属図書館へ入館。館内を散策して、自分も図書館で働く身としてその視点から観察する。...え?なにこの分類?見たことないんだけど。後の書庫ツアーで知ることになるが、京大図書館では日本十進分類法を採用していないらしい。NDLの国立国会図書館分類表を採用しているんだそうな。1430から書庫ツアー。九大附属図書館から連絡していただいていたので担当者の方にあいさつをして書庫へ。書庫は3層構造。高層ビルと同じで中央にEVがあって周囲に部屋が広がる。自動書庫の方が多いかな。貴重書は厳重にクローズされているがそうでないものは和装のように古いものでも貸し出しているとのこと。むふふ、いいにおい。

1500頃に図書館を出て今度は百周年時計台記念館をターゲットとして捕捉。大学文書館の展示室やホールなどを見学。改修が入ってとてもきれいな建物だが、重厚な趣は失っていない。この、びくともしない雰囲気をだすことのできる建物はそう多くない。大学には明らかに必要な建物のひとつだろう。

1530、北部構内へ。といっても見たいものは無かったので門付近で引き返す。

次の目的地は下鴨神社であるが、歩き疲れていたので市バスで行こうと京大農学部前バス停から京阪出町柳駅方面へ。車内、後悔に悩まされていた。それは、石垣カフェ跡地の場所を予習するのを忘れており、訪れることができなかったからである。と思っていた車窓進行方向左!巨大な看板と石垣が目に飛び込む。間違いない、あそこが石垣カフェ跡地だ。すぐに百万遍バス停で降り、看板の元へ。あの看板はたぶん京大最大級だろう。石垣横の構内出入口には「学生自治の砦 京大にようこそ!!」と書かれた看板が立っており、京大見学は間違っていなかったと確信した(一応述べておくが、自分は学生自治そのものにはまったく興味がない。むしろ嫌悪感)。

再び百万遍バス停から市バスに乗って出町柳駅前で下車。

1550、京都府鴨川公園を出町柳駅側から眺め、北上して下鴨神社の方へ。どうやら明日から古本まつりが行われるらしく、糺の森はその準備が行われていた。下鴨神社で自分の干支のところにお参りし、後にする。しかし、暑いし熱き疲れが半端ないのでこれもバスを使おうと思って下鴨本通に出て下鴨神社前バス停から南下。鴨川公園へ向かう。

なぜか新葵橋で下車ののち、1620頃、鴨川公園。学生がBBQしていると思えば家族連れが水辺で遊んでいる。いいなぁ。いいなぁ。こういう遊び場いいなぁ。

1630頃、河原町今出川バス停から南下。1700前に四条河原町に着く。四条河原町四条河原町は、鴨川に川床が設置される、あのすげーところである。あんなところで食事できれば涼しいんだろうねぇと思いつつ、どんな感じだろうと店の前の通りを散策。そこで、「ぽんと」の文字が目に入る。しまった!京都と言えば先斗町じゃないか!観光ルートに入れとけばよかった...と思ったが、直後にここが先斗町であることに気付く。あれ?高級食事処だったん?もっと庶民的なところかと思った。ともあれ、せっかく川床と先斗町まで来たのに食事をしないのは阿呆だと思い、適当に店に入って休むことに。ビールを飲むとうまいんだこれが。涼しいしね。ちょっとの滞在で3,000円には閉口したが、まぁそんなものなのだろう。

1800頃、四条河原町をあとにして1820には京都駅へ戻る。大阪駅へ行く鈍行に乗る。

1915頃、大阪駅に着く。梅田駅で大阪大学の友人と合流し、地下街で夕食。

2100頃には阪急経由で彼の家におじゃまし、いつのまにか就寝。

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